
北条の節句祭は東西神輿の渡御を中心に繰り広げられるお祭りです。
神事の奉納も屋台の進行もこの神輿の動座と鎮座なくして進められることはありません。
東西の各氏子が順番にその年の奉仕を担当します。屋台を有する氏子では担ぎ手人数の関係上、当番の年は屋台の奉納をお休みされます。従って北条の屋台14台が全台出揃うのは数年に一度しかありません。
北条節句祭で神輿を担ぐ32名を「駕与丁」(かよちょう)と呼びます。
西郷の駕与丁は住吉神社の社紋である「三つ巴」を、東郷は「丸に二引」の紋を白く染め抜いた狩衣に浅黄色の木綿襦袢という装束を身にまといます。
神輿の前後にはその進行を司る「本駕与丁」と呼ばれる者が2名づつ付き、「揚羽蝶」(あげはちょう)の大紋を染め抜いた狩衣をまとっています。
これは、住吉神社が荒廃し、祭典が廃れていたことに心を痛めた姫路城主・池田輝政が毎年30石を寄進するとともに、4人の重臣を遣わせ、池田家の定紋である「揚羽蝶」(左イラスト)を染め抜いた装束で神輿を担がせたという故事によるものとされています。



節句祭の両日間、常に祭りの先導を司る東西神輿
